@ichi-h/elmish という、UIフレームワークに依存せず、TS/JSの資産を活かしつつElmishに状態管理が行えるライブラリを作りました。
アプリケーションロジックとビューを分離することで、コードの責務が明確になるとともに、ロジックの可搬性やTastableなコードも保証できます。
以下のコマンドでインストールできます。
npm install @ichi-h/elmish
はじめにデータ構造とメッセージを定義しましょう。
// data.ts
import { elmish } from "@ichi-h/elmish";
// Modelのデータ構造
export type Model = {
count: number;
loader: "idle" | "loading";
};
// ユーザーの行動に対応するメッセージ
export type Message =
| { type: "increment" }
| { type: "decrement" }
| { type: "startReset" }
| { type: "endReset" };
// Modelの初期値
export const init: Model = {
count: 0,
loader: "idle",
} as const;
// 状態管理を行う関数の生成
export const useElement = elmish<Model, Message>();
次に、各メッセージに対するロジックを定義しましょう。
// update.ts
import { Update } from "@ichi-h/elmish";
import { Model, Message } from "./data";
// 現在のmodelと送信されたmessageを受け取る
export const update: Update<Model, Message> = (model, message) => {
switch (message.type) {
case "increment": {
// 新しいmodelを返却することで、状態を更新できる
return { ...model, count: model.count + 1 };
}
case "decrement": {
return { ...model, count: model.count - 1 };
}
case "startReset": {
// 新しいModelと一緒に、Model更新後に実行する非同期な処理もタプルで返却できる
return [
{ ...model, loader: "loading" },
async () => {
return new Promise((resolve) => {
// 1秒後にendResetのメッセージを送信
setTimeout(() => {
resolve({ type: "endReset" });
}, 1000);
});
},
];
}
case "endReset": {
return { ...model, count: 0, loader: "idle" };
}
}
};
最後に、このロジックを好きなフレームワークに組み込みます。例えばReactであれば以下のように書けます。
import { init, useElement } from "./data";
import { update } from "./update";
export const App = () => {
const [model, view] = useState(init);
// メッセージを送信する関数を取得
const send = useElement(
model, // 状態の初期値
update, // Modelを更新する関数
view // 新しいModelを受け取って、UIを更新する関数
);
const increment = () => send({ type: "increment" });
const decrement = () => send({ type: "decrement" });
const reset = () => send({ type: "startReset" });
return (
<div>
<button onClick={decrement}>-</button>
<button onClick={reset}>reset</button>
<button onClick={increment}>+</button>
{model.loader === "loading" && <p>loading...</p>}
{model.loader === "idle" && <p>count is {model.count}</p>}
</div>
);
};
Vueであればこうです。
<script setup lang="ts">
import { ref } from "vue";
import { Model, init, useElement } from "./data";
import { update } from "./update";
const model = ref(init);
const view = (newModel: Model) => (model.value = newModel);
// メッセージを送信する関数を取得
const send = useElement(model.value, update, view);
const increment = () => send({ type: "increment" });
const decrement = () => send({ type: "decrement" });
const reset = () => send({ type: "startReset" });
</script>
<template>
<div>
<button type="button" @click="decrement">-</button>
<button type="button" @click="reset">reset</button>
<button type="button" @click="increment">+</button>
<p v-if="model.loader === 'loading'">loading...</p>
<p v-else-if="model.loader === 'idle'">count is {{ model.count }}</p>
</div>
</template>
フレームワークを使わずに、Vanilla JS/TSだっていけちゃいます。
import { Model, init, useElement } from "./data";
import { update } from "./update";
function setupCounter(
counter: HTMLParagraphElement,
incrementBtn: HTMLButtonElement,
decrementBtn: HTMLButtonElement,
resetBtn: HTMLButtonElement,
) {
const view = (newModel: Model) => {
if (newModel.loader === "loading") {
counter.innerHTML = "loading...";
} else {
counter.innerHTML = `count is ${newModel.count}`;
}
};
// メッセージを送信する関数を取得
const send = useElement(init, update, view);
incrementBtn.addEventListener("click", () => send({ type: "increment" }));
decrementBtn.addEventListener("click", () => send({ type: "decrement" }));
resetBtn.addEventListener("click", () => send({ type: "startReset" }));
}
document.querySelector<HTMLDivElement>("#app")!.innerHTML = `
<div>
<button id="decrement" type="button">-</button>
<button id="reset" type="button">reset</button>
<button id="increment" type="button">+</button>
<p id="counter"></p>
</div>
`;
setupCounter(
document.querySelector<HTMLParagraphElement>("#counter")!,
document.querySelector<HTMLButtonElement>("#increment")!,
document.querySelector<HTMLButtonElement>("#decrement")!,
document.querySelector<HTMLButtonElement>("#reset")!,
);
すごくないですか?(なぜこんなことができるのかは後ほど)
バックエンドですと、(規模にも依りますが)Clean ArchitectureやDDDといった設計に沿って、 フレームワークとビジネスロジックを切り離して実装する ことがよくあると思います。例えば、このサイトの裏で動いているサーバーの、記事取得のエンドポイントのロジックは以下のようになっています。
// slugから記事を1件取得する関数の型
type ShowWork = string -> Result<Work option, string>
// アプリケーションロジックを発火するために必要なデータ構造
type ShowWorkInput = { showWork: ShowWork; slug: string }
// 記事取得のビジネスロジック
let interactor (input: ShowWorkInput) : ShowWorkOutput =
result {
let! work =
input.showWork input.slug // slugを引数に記事を取得
|> Result.mapError InfrastructureError // 取得時にエラーが起きたらインフラでエラーが起きたことを返す
match work with
| Some w -> // 記事が取得できた場合
return!
Ok
{ slug = w.slug
category = categoryToString w.category
title = w.title
description = w.description
body = w.body
thumbnailUrl = w.description
publishedAt = w.publishedAt.ToString "yyyy-MM-dd"
updatedAt = w.updatedAt.ToString "yyyy-MM-dd" }
| None -> return! Error NotFoundError // 記事が取得できなかった場合はNotFoundを返す
}
上記のユースケースの中にWebフレームワーク依存のものはなく、依存性をInputを通してDIすることで、純粋なアプリケーションのロジックだけを持つことができます。
このようにすることで、ソフトウェアの変更に強い、「ソフト」なコードを保つことができます。
なのですが、(私の周りだけかもしれませんが)フロントエンドで「クリーン」なロジックを持っているプロジェクトに関わったり、見たことがあまりありませんでした。例えばReactであれば、よく見かけるのは以下のようなコードです。
export const App = () => {
const [count, setCount] = useState(0);
const [loader, setLoader] = useState<"idle" | "loading">("idle");
const increment = () => setCount((prev) => prev + 1);
const decrement = () => setCount((prev) => prev - 1);
const reset = () => {
setLoader("loading");
setTimeout(() => {
setCount(0);
setLoader("idle");
}, 1000);
};
return (
<div>
<button onClick={decrement} disabled={loader === "loading"}>
-
</button>
<button onClick={reset} disabled={loader === "loading"}>
reset
</button>
<button onClick={increment} disabled={loader === "loading"}>
+
</button>
{loader === "loading" && <p>loading...</p>}
{loader === "idle" && <p>count is {count}</p>}
</div>
);
};
状態と、その状態にまつわるロジックやUIをコンポーネントにまとめるのがよくあるコードの例だと思います。
なのですが、こういたしますと カウントにまつわるロジックがフレームワークに組み込まれているため、この2つは密結合となってしまっています。
これにより、
などの問題が起こります。
ところで、Elm ArchitectureはElm言語で採用されているWebフロントエンドアプリケーションを構築するためのアーキテクチャです。私がここで解説するよりもElmのドキュメントの方がわかりやすいので詳細は割愛いたしますが、少し引用させていただきます。
Elm のプログラムが動く仕組みを図にすると、こんな風になります。
Elm が画面に表示するためのHTMLを出力し、コンピュータは画面の中で起きたこと、例えば「ボタンがクリックされたよ!」というようなメッセージを Elm へ送り返します。
さて、Elm プログラムの中では何が起きているのでしょうか? Elm では、プログラムは必ず3つのパーツに分解できます。
- Model — アプリケーションの状態
- View — 状態を HTML に変換する方法
- Update — メッセージを使って状態を更新する方法
この3つのコンセプトこそ、The Elm Architecture の核心なのです。
要は、 Model という状態と、その状態をHTMLとして出力する View 、状態更新を担う Update の3つによってElmは成り立っている、ということですね。
ここで注目したいのは View関数 です。これは先のReactの例に当てはめると、const [count, setCount] = useState(0);
の setCount
がそれに近い役割に当たります。
setCount
では引数に新しい状態を受け取り、その状態に依存するコンポーネントの再レンダリングを行いますが、つまりこれが「状態を HTML に変換する」きっかけとなっているわけです(もちろんこの挙動はElmにおけるView関数と同じではありません、後述)。
結論としては、 このView関数さえ抽象化できれば、アプリケーションロジックとUIフレームワークは切り離す ことができます。
どういうことか。
Elmもそうなのですが、ReactやVueといった最近のフレームワークは宣言的UIを採用するものが多くあります。
宣言的UIとは、端的に言えば 状態を更新すれば、DOMを触るといった手続き的な操作を考えずとも、自動的にUIを更新してくれるコンセプト を指します。このコンセプトは 状態を更新するロジックと、UIを更新するロジックは切り離せる という事実に基づいています。
つまり依存関係がこうなるのではなく、
flowchart BT subgraph Logic[Complex Logic] direction LR Update <--> View end Logic --> Model
これでもいけるよ、ということですね。
flowchart BT Update --> Model View --> Model
そこで、もしUpdateとViewを切り離せるのであれば、「Model + Update と View」という持ち方もできると思いませんか?
flowchart BT subgraph "Application Logic" Update --> Model IView[View Interface] --> Model end subgraph "UI Framework" View -. "DI" .-> IView end
つまり、ModelとUpdateでアプリケーションロジックを固め、抽象化されたViewに向けて外から実体を注入してあげれば、アプリケーションロジックとUIフレームワークは分離可能 なはずであり、そしてこの仮説を検証したのが @ichi-h/elmish だ、ということです。
Elmと@ichi-h/elmishでは、同じView関数といっても、それぞれの捉え方が大きく異なります。
ElmのView関数の型は Model -> Html msg
となっており、Modelを受け取ってHTMLのような何かを返すことを要求します。
-- https://guide.elm-lang.jp/architecture/buttons.html#view
view : Model -> Html Msg
view model =
div []
[ button [ onClick Decrement ] [ text "-" ]
, div [] [ text (String.fromInt model) ]
, button [ onClick Increment ] [ text "+" ]
]
ElmがこのHTMLのような何かを受け取ると、Elmのランタイム上でなんやかんやの処理を行い、ブラウザ上に実際のHTMLが表示される仕組みになっています。
一方、@ichi-h/elmishのView関数の型定義は (model: Model) => void
となっており、こちらはModelを受け取って何も返さないことを要求します。
// React
const [model, view] = useState(init);
// Vue
const model = ref(init);
const view = (newModel: Model) => (model.value = newModel);
// Vanilla TS/JS
const view = (newModel: Model) => {
if (newModel.loader === "loading") {
counter.innerHTML = "loading...";
} else {
counter.innerHTML = `count is ${newModel.count}`;
}
};
つまりこれは、ElmのようにHTMLのような何かを返せばイイ感じにやってくれるのではなく、 ブラウザに実際のHTMLを表示するところまでの実装 を要求しています。
これにより、ReactやVueといった宣言的UIを採用するフレームワークから、Vanilla JS/TSを使ったDOM操作まで、UI更新の手段を制限されずにView関数を実装することができます。
@ichi-h/elmishを使用するメリットは、大きく4つあります。
アプリケーションロジックとUIフレームワークを分離すると、アプリケーションロジックとビューを分離しやすくなり、それぞれの責務が明確となるコードが自然と生まれます(もちろん、書き方に依ってはこの2つの境界を「ぶち壊す」こともできるので注意は必要です)。
フロントエンドを開発する場合、何かしらのフレームワークを使うことが一般的になっていると思うのですが、今後もっと魅力的なフレームワークが出てくることもあるでしょう。
過去に仕事でVueからReactへのリプレイスを行ったことがあるのですが、VueとReactの差分を解消するのはなかなかに大変でした。というのも、そのVueの書き方がまさにアプリケーションロジックとベッタリくっ付いた書き方になってしまっていたので、ロジックの再利用がほぼできず、結局すべて書き直すことになってしまったのですね。
そういったときにアプリケーションロジックが再利用できると、リプレイスの工数はぐんっと落ちます。
実は@ichi-h/elmishでは、アプリケーションロジックに干渉するのはUpdate関数やMessageの 型のみ で、それ以外でライブラリがロジックに干渉することはありません。
// update.ts
import { Update } from "@ichi-h/elmish"; // 型のみインポート
import { Model, Message } from "./data";
// update関数のロジック自体に、@ichi-h/elmishが干渉することはない
export const update: Update<Model, Message> = (model, message) => {
switch (message.type) {
case "increment": {
return { ...model, count: model.count + 1 };
}
}
};
そのため、ロジックのテストをとても素直に書けます。追加でプラグインを当てたり、難しいことを考える必要はありません。
// update.test.ts
test("カウントを1増やす", () => {
const model: Model = { count: 0, loader: "idle" };
const message: Message = { type: "increment" };
const updated = update(model, message);
expect(updated).toStrictEqual({ count: 1, loader: "idle" });
});
Elmを使うと、ElmからJSを呼び出すのが少し面倒になります。Elmでは他言語で採用されているようなFFIの仕組みをあえて採用しない代わりに、プログラムの安全性を保障しているようです(詳しくは 制限事項 · An Introduction to Elm を参照)。
なのですが本音としては、やはりめんどくさいです。
もちろん、Elmの主張は間違いなく正しいと思います。その一方で、全てのケースにおいてそうした哲学が正しいかと問われると、そういうわけではありませんし、Elmもそのことを認めています。
「Elmishに開発したい! でももっと自由に開発できたってよいじゃない!」
そんな選択があっても良いと思うのです。
ここまでの内容を読んで、 「いやいや、結局アプリケーションロジックを@ichi-h/elmishに依存させてるじゃん」 と考える方もいらっしゃると思います。
おっしゃる通りです。
このライブラリは、アプリケーションロジックをフレームワークから分離することには成功しましたが、 @ichi-h/elmishを新たな依存関係に据える必要がある ので、根本的な問題は解決していません。
そのため、真に「クリーン」なコードを目指す場合は、このライブラリを使うべきではありません。
元々@ichi-h/elmishは、私がフロントエンドの開発をしているときに作ったデザインパターンを、他プロジェクトでも使いまわすためにライブラリとして切り出したものです。なので私個人の視点から見れば、仮に破壊的変更があったとしても、それはフロントエンドアーキテクチャの理解が変わったことを意味するので、許容できるものなのですね。
このライブラリの使う・使わないは別として、 ViewをDIする設計 をあまり見たことがなかったため、そうした考え方もありなんじゃないかなと思った次第です。
何かの参考になりましたら幸いです。